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社会起業家やCSR好きの企業はなぜ海外へ向かうのか? 

前々から思っていたのですが、今日、某編集長と意見の一致を見てすっきりしたので、書いてみます。

このたびの震災で少し流れは変わってきたのかもしれませんが、「なぜ、社会起業家やCSR好きのオーナー系企業は、バングラデッシュをはじめとする”安全な”新興国で活動しようとするのか?」。前々から不思議でなりませんでした。

ここ数年、身近で見聞きしたところでも、バングラデッシュやネパール、ケニアといった国々での教育や職業訓練に目が向けられることが多いように感じます。逆に、パキスタンやスーダン、中国奥地には行かない。なぜか?

今こそ、社会貢献のあり方を見直すべき時期ではないかと。

おそらく、早くとも秋頃までは、原発や電力不足の問題も相俟って、折に触れて震災に触れることになると思いますが、現金や物資の支援が下火になったとき、つまり、来年からの被災者への支援をどう組み立てていくとよいのかも考えるべき時期に入ってきたと思います。

政府はあてにならない、公的支援(地元の行政や政治家)に任せていても今までの利権構造が引き継がれるだけで(心情的にはしようがない部分もありますが)、復旧はあっても再構築は難しいように思います。

例えば、いくつか挙げると――


高齢者の住まいは? およそ50代以上の再雇用と住宅は? 震災孤児たちの生活は?……

元の場所の近くに仮設住宅を用意して入居してもらっても、仕事や教育、孤児達の生活が放置されてしまっては、来年からの生活は成り立ちません。

阪神・淡路のときは、その1ヵ月後にオウムによるサリン事件があり、東日本ではそれを機にすっかり忘れ去られてしまいました。今回は、津波のせいもあり、阪神・淡路よりも被害規模も大きく、広域にわたります。それでもやはり、年が明ける頃には……。

農漁業は立ち直るのに数年かかるでしょうし、多くの部品工場も(電力不足の)元の場所に復旧することが賢明とは言えません。

こういうときこそ、地元にこだわりのない民間が社会づくりの観点で長期的なプランを提示できないものかと思います。「海外で社会貢献!」なんていっている場合ではないというか、今の時点ではそれは、「就職前の海外留学」と同レベルの発想ではないかと。

そもそも日本人は、自分に火の粉が降りかからないとあまり能動的には動きません。正直なところ、今回の海外、とくに白人国家やアジア国家の人々の素早い反応には驚きと嬉しさで一杯でした。にも関わらず、日頃、「社会貢献だ!」「CSRだ!」と声を大にしている起業家や企業家が今までどおりにやっているようでは、あまりにもお粗末な気がします。

被災者のなかでも、大人はまだしも、家も両親も失った子供たちや、母子家庭になってしまった方々などのことを考えると、今こそ社会的弱者支援のための制度と社会インフラに関する日本人の価値観の転換と、新たな仕組みづくりを行うべきときではないかと。

日本には、ピンチをチャンスに変えてきた歴史があります。

話は各論になりますが、例えば、東北地方のなかに特区をつくってを陸上養殖の大産地を育てるとか、使い物にならなくなった、かつそれほどまとまってない土地に大規模な太陽光(太陽熱)発電会社をつくってみるとか(東電が電力買取り責任を負う)、農漁業や工業が落ち込みをカバーし雇用をつくりだし、後継者を確保しやすい施策を、一村一品ではないですが、いち市いちプロジェクト実現できないものか、そんなことを考えていました。

そう言えば、新燃岳はどうなったのでしょう。口蹄疫も発生しています。東○○さんなんか、地元に戻って、社会起業家として取り組まれては?と愚考します。

P.S.
電力会社の再編案もあるのですが、長くなってしまいましたので、またの機会にします。

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